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ネジの魅力を発信して10年 コノエ「にじいろのネジ」キーパーソンの二人がこれまでを振り返る
ネジ商社のコノエ(大阪府東大阪市、06・6746・1903)は、2016年から手掛ける「にじいろのネジ」プロジェクトが10年の節目を迎えた。「ネジ」を単なる締結部品だけではなく、子どもたちが楽しみながらモノづくりに触れる「コンテンツ」と捉え、ロボットやカメラ作りなどワークショップ、絵本、動画、企業間コラボレーションなど多彩な活動を展開してきた。当初は社内外から理解を得ることに苦労したが、活動を重ねる中で共感の輪は着実に拡大。人材不足が深刻化するモノづくり業界で、次世代に「モノをつくる楽しさ」や「ネジの面白さ」を伝える意義は、以前にも増して大きくなっている。同社の河野裕社長とリーダーとして現場を指揮した仲本威史氏が10年の歩みや活動に込めた思い、そして次の10年への展望を語った。

–今の率直な思いは。
河野社長 「もう10年が経ったのか」というのが率直な心境。毎年様々な人との出会いがあり、最近では採用面接に来る学生から「にじいろのネジを知っている」と言われることも増え、10年の積み重ねを感慨深く感じる。
当初から「20年は続ける」と決めていた。スタートした時に考えていたのは、モノ売りからコト売りへ、さらに言えばストーリーを売るという発想だ。その中心に「ネジの大切さ」を置き、モノづくりに欠かせない存在であることを子どもたちに伝えたいと考えていた。ワークショップに参加した子どもたちが将来、当社やモノづくり業界に入ってくれれば、プロジェクトは成功したと言える。成否は20年経ってみないと分からない。
–モノづくり業界の環境も大きく変わりました。
河野社長 当時は現在ほど人手不足が大きな問題ではなかった。しかし今、日本がモノづくり大国と言われながら、海外人材を受け入れて人手不足を補っているのが現実といえる。モノづくりの大切さを伝えたいという、当初からの思いが現実の課題となっている。
–立ち上げの背景は。
河野社長 ねじは規格品で競争が激しく、差別化も難しい。そこで、ねじに付加価値を加え、締結部品とは違う価値を見いだしたいと考えていた。キッズプロジェクトやODCC(大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会)に所属していた山田祐也氏との出会いを機にプロジェクトを作り始めたが、最初は失敗の連続。様々な人との出会いを重ね、「にじいろのネジ」が形になっていく中で、最も共感してくれたのが社員の仲本さんだった。

仲本氏 当時は年間120件ほど提案書を出し、社内の業務改善に取り組んでいた時期。元々ミュージシャンだったこともあり、新しい発想には関心があった。若い頃に採用も担当したが、会社説明会で「ネジの商社」と説明しても、学生や大学関係者に関心を持たれない。そこで、ネジの歴史やトリビア、流行などと結び付けて伝え方を変えると声が掛かるようになった。「誰も知らない」ということ自体が強いコンテンツになり、伝え方を変えれば、ネジは面白いものになるという経験が、プロジェクトへの強い関心につながっている。
–最初のイベントは。
仲本氏 「あべの天王寺サマーキャンパス2016」のピンボール作りが最初のイベント。2日間で約150人も集まった。当初、製作側は人が来るのか不安だったが、子どもたちがネジやナットで楽しそうに遊び、「ネジは楽しい」と話す姿を見て手応えを感じた。
ワークショップでは「ネジは、ネジとしての機能を使う」というルールがあり、必ず締付作業を行う。この制約があったからこそ、ピンボールやロボット、カメラ、スツールなど面白い企画につながったと思う。ワークショップ以外にも絵本や動画制作、企業とのコラボレーション、オリジナルグッズ作りなど、未知の領域に挑戦することができた。
–当初は社内外の理解を得ることも苦労した。
河野社長 「本業に力を入れなさい」と言われることも多く、利益が出ていないプロジェクトをなぜ続けるのか、理解を得るのは容易ではなかった。しかし、先代から「開発創造型商社を目指す」という考えがあり、新しい商品がヒットするには長い時間が必要とも分かっていた。実際、当社を代表するオリジナル商品の「ノブスター」はヒットするまでに10年かかっている。だから早期に結論を出すつもりはなく、続けた先に何が生まれるのかを見たいと思った。
仲本氏 現場で一番つらかったのは、理解者が少なかったこと。一方で、途中で頓挫せず、最後までやり切ることが社内からの信用にもつながった。「にじいろのネジ」には人の成長を後押しするものがある。人前で話すことが苦手だった他の社員も、司会のMCを繰り返すうちに、フォーラムで話せるまでに成長した。今では若手社員が最前線で活動を引っ張っている。

–本業や社内外の反響は。
河野社長 人の成長だけでなく企業や地域との新たな関係も築いてくれた。テレビドラマのロケ地として取り上げられるなど広告効果もあり、東大阪市からの支援も大きかった。副次効果としてSNSや動画など社内で新しいことに挑戦する動きも増えており、「やってみよう」という社内風土の醸成にも貢献している。
仲本氏 現在も年間約100回のワークショップを続け、学校のPTAや得意先様からイベントで声が掛かることも増えた。ネジだけでなく、あらゆる業界の人たちと関われるようになり、近年は能登半島地震の復興支援など派生した活動も多く、プロジェクトを通じた人とのつながりは大きい。
–次の10年について。
河野社長 具体的には想像できていない。だからこそ、面白そうなコンテンツにはどんどん挑戦したいが、根幹は「ネジ」であることに変わりはない。活動の派生は増えたとしても、「コノエといえば、にじいろのネジ」と言われるブランドに育てたい。次の10年も必ず継続する。そしてスタートから20年後、かつてワークショップに参加した子どもたちがモノづくり業界で活躍していれば、それこそが大きな成功だと思っている。
日本産機新聞2026年9月5日号
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