2024年4月27日(土)

生産現場を訪ねて
IHIエアロスペース(富岡事業所)

ロケット 一大生産拠点

FRP(繊維強化プラスチック)

C/C(炭素/炭素複合材)

 群馬県富岡市に新旧2つの日本のリーデング産業がある。一つは、2014年6月、日本で18件目の世界遺産に登録された日本初の本格的な器械製糸場として開業した富岡製糸場(富岡市富岡1)であり、一つは、宇宙ロケットを生産し日本の航空宇宙産業を牽引するIHIエアロスペース(略称IA。富岡市藤木900)である。前者は、1872年(明治5年)から115年間、日本の繊維産業の近代化に貢献し、今は世界の観光名所として役割を担い、後者は1924年(大正13年)創業した航空エンジン工場をルーツに、日本の航空宇宙産業のそう明期夜から90年余にわたって携わり、1998年から富岡市で宇宙ロケットを生産するところとして知られる。その新旧の両者は、車で20分程度の同一市内にあり、観光客から「世界遺産と一緒にロケット工場も見たい」とする声が増えているが、今も最先端の製品を製造しており、自由に見せることのできない同社は慎重に対応している。今回は、その航空宇宙産業の一翼を担うIHIグループのIHIエアロスペース富岡事業所を訪ねた。ロケットブースター(booster)という、ロケットの推力・出力を積み増す(ブースト)製品の生産現場は、まさに“未知との遭遇”だった。

IHIエアロスペース富岡事業所
IHIエアロスペース富岡事業所 (中央が第1工場)
 11月24日朝は、関東地域が11月の積雪としては54年ぶりという記念の日と重なった。また、IHIの航空宇宙事業の工場を北は相馬第Ⅰ、第2工場から瑞穂、相生、呉第2工場、さらには関連会社のIHIエアロマニュファクチャリングとほぼ全てを取材させてもらい、残したIHIエアロスペースの取材日ともなった。

 富岡事業所は、高崎駅から西へ、IA専用バスで約30分の丘陵地にある。真っ白に雪化粧した事業所正門の中庭にはイプシロンロケット試験機のモニュメントが起立していた。2013年9月14日に打ち上げられた実機の1/2.5スケールとはいえ、存在感のあるロケットが出迎えてくれた。

 事業所(写真)の敷地面積は、約49万㎡。甲子園球場が12個すっぽり入る広大な事業所である。第1、第2、第3の3工場と事務本館、ロケット燃焼試験関連施設、システム試験棟、C/C複合材工場などが配置され、ロケット工場の風格を漂わせる。

H-ⅡA構造図(JAXA提供)
H-ⅡA構造図(JAXA提供)
 取材は、ロケットブースターなどを製造する第1工場だった。ちなみに第2工場は防衛関連、第3工場はジェットエンジン用部品を製造している。写真撮影は、中庭とショールームを除くすべてが「セキュリティのため厳禁」という条件付きの取材でもあった。

 第1工場は、広い敷地の真ん中あたりに位置し、広さは、約4万5千㎡。天井の高さと通路の広さは目を見張る。その理由は後で分かった。

 案内は、同社総務部総務・広報グループ長の河西英孝氏と同主幹梅津量子氏の2人。素人の記者にもロケットづくりを分かりやすく丁寧に説明してくれた。お蔭で今回は、ロケットのいろはを何とか理解することができ、この説明がなければ入り口にも立つことができなかったかも知れない。

最初の衝撃

 工場に入って直ぐ、大きな円筒状の装置と神秘的な光を放つ物体があった。

 それは、ロケットの本体となるFRP(繊維強化プラスチック)などの複合材を成型硬化する巨大装置、オートクレープとSRB-A(Solid Rocket Boosterの略)という固体ロケットブースターのモータケースということが分かった。黒光りは樹脂が固まっているために起きる現象だそうである。 

 ブースターの役割を聞くと、日本のロケットの中で最も多くの人工衛星を打ち上げているH-ⅡAロケットは、打ち上げ時の質量が280t以上にのぼり、第1段の液体燃料のLE-7Aエンジンだけでは推進力が弱く、固体燃料のSRB-Aを使い一気に上昇させるのだという。通常はSRB-Aを2本取り付けるが2006年12月18日、打ち上げに成功したH-ⅡAロケット11号機は、SRB-Aを4本取り付け、打ち上げ能力をさらに高めたものとして知られる。

 ブースターの材料は、意外にもFRP。「通称、“どんがら”と言われるケースは、ロケットが燃えている時は中に圧力が加わり圧力容器になる。このため圧力に強い構造のフィラメントワインディング法という技術で作る」とは河西氏。鉄では重過ぎる、アルミでは弱過ぎるためFRPが採用されている。

 直ぐに、フェラメント○△□法?について尋ねると、フェラメントとは糸。それをワインディング、つまり巻くことと説明が分かりやすい。さらに「マンドレルと呼ばれるロケットの形をした芯金に炭素繊維の糸をパターン状にきれいに巻くが、その糸には樹脂成分が事前に含侵(プリプレグという)され、鉄より強く、軽く、求める形に仕上がる」と続く。

 芯金に秘密があった。一体型に見えるが分解できるように作られている。いわゆる“寄せ木細工”のような仕組みで芯金を壊すことなく再生できるようになっている。

耐熱材料(C/C複合材)
耐熱材料(C/C複合材)

SRB-A 全長10m

 治具が多い。一見、物流機器のように見える大きな治具は、丸くて長い厄介な”どんがら“を支える。設計をIAで行い、製造は外注が分担している。

 後ろを振り向くと、SRB-Aが7本並んでいた。「壮観!」の一言に尽きるのは、全長10m、直径2.5mの大きなモータケースが整然と独立した台車の上に並べられている。通常は4本ぐらいだそうで、「先日は、過去最大の8本が並んだ」というから、現在の生産量も多い。この形が同工場での出荷の最終工程になる。それを家屋のような大きなアルミコンテナーに入れ、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターに運び、推進薬と言われる、いわゆる固体燃料を充填した後、燃料ガスの吹き出るノズル部などを組み付ける。

 驚いていると、「このモータケースの重さはどのくらいでしょう?」と、河西氏が問う。周りを見渡すと、高い天井に10tクレーンが付いており、とっさに「10t」と答えると、「実は4.5t」が正解だという。さらに、種子島でその中に固体燃料を入れるが「何トン入るか」と問答が続く。さっぱりわからない。正解は「65t」だそうだ。4.5tのタンクに65tの燃料が入る。

 理由は「タンクをぎりぎり薄く設計し65tまで入れるケース」にする。その例えが面白かった。「缶ビールと同じです。お客様は缶が欲しいのでなく中のビールが欲しい。そこで、缶をできる限り薄くし、中味を多くする」。つまり、ロケットが欲しいのは燃料。ロケットは「自分の重さの10倍以上の燃料を求める」ため強度を保ちながら極力薄く作る。H-ⅡAロケットの場合は、「全体の重さの9割を燃料」が占めるそうで、ロケット=燃料といわれる所以がそこにある。

 河西氏曰く「飛行機の場合、燃料は最大離陸重量の5割もあれば大きい方だがロケットの場合は9割。これはロケットには2つの役割があるため。一つは宇宙まで行くこと、もう一つは地球の重力とつり合う遠心力を付けること」。つまりスピードが必要で、第1宇宙速度(地球の周りを回る必要速度)である秒速7.9キロ以上に加速させる必要がある。このため、燃料タンクは体重を削ぎ落し(スリム)、燃料を腹いっぱいにする。

テープラップ成形FRPノズルライナー
テープラップ成形FRPノズルライナー

3200度の燃焼ガス

 SRB-Aの隣の工作機械エリアには、ターニング5台が設置されていた。その近くに円筒状のワークがあり、尋ねるとノズルの部品だという。燃焼ガスが噴き出るところの部品で、材料はFRP。「構造材でなく耐熱材」として使う。FRPを糸でなくテープラップというテープ状のプリプレグを巻き、オートクレープで固めターニング加工する。「油が使えないので、普通のバイトだけで削る」とは驚く。端面を削り、内径、外径も削る。

 もう一つ変わった部品があった。同じノズルだが、材料はカーボン/カーボンコンポジット(写真、炭素/炭素複合材)という炭素繊維を3次元に織って作ったもの。その隙間は、コールタールのようなものを含侵し、何回か焼き上げて固める。

 「熱が一番加わる部分で、C/C複合材を使う。ここで燃焼ガスをいったんきゅっと絞り、ワーッと開くことで超音速に加速し、大きな推進力を得る。燃焼ガスの温度はおよそ3200℃。このため、普通の材料では溶けてしまい純粋な炭素を使う」とは、河西氏。苛酷な箇所のワークを削ることを知る。ターニング加工は「ガスの流れを通りやすい形に仕上げる」のに重要だそうだ。

 ノズルは、ロケットの推力方向を制御する機構役も兼ねるという。ロケットの姿勢を定めるように「電動アクチュエータで無理矢理ノズルを動かし、ロケットを飛ぶように制御している」。ちなみに材料は内製。固体ロケットのキーテクノロジーだそうだ。

 精密測定室は、温度・湿度管理を徹底しており「入室禁」。通路から窓越しに三次元測定機が複数台設備されているのが確認できた。ちょうど見学したときは、ジェットエンジンの部品を測定した。航空宇宙関係は原則「全数検査」が求められ、精度・品質にことさらうるさい。

 ここも通路が広い。そのわけを聞くと「もし何かあった時に公設の消防車が入るようにしているため」という。

 機械工場はこれまで、日本、米国、欧州、アジア、中国など3000社を超す工場を訪問してきた。ところがここで初めて見るドイツ製の機械などがあり、機械加工の深さを知る。また、溶接は原則100%X線を通す安全策を取っている。「道具として最先端の工作機械などを使うが、手作りに近い部分も多いのがロケットの特徴」と、いう。

技能伝承

 技術・技能を磨くためQCサークルや安全教育、資格取得を奨励し、仕事の励みと技術の伝統を絶やさない「ものづくりの継承を図っている」(梅津氏)。資格取得の目安は、入社して数年で技能士2級、その後1級を経て、現場管理者になる頃には特級が取れるように教育、奨励をしている。こうした地道な努力を継続し、ロケットづくりを進めていることを、富岡事業所で再確認ができた。第1工場を出ると、周りは雪の中にあった。


IHIエアロスペース

本  社:東京都江東区豊洲3-1-1 豊洲IHIビル
創  業:1924年(大正13年)中島飛行機の発動機工場(東京・荻窪)
設  立:2000年(平成12年)7月
資 本 金:50億円(IHI100%出資)
社  長:木内重基氏
従業員数:約1,000人
工  場:富岡事業所(群馬県富岡市藤木900)
関連施設:武豊事務所(愛知県知多郡武豊町北小松谷1)
    相生試験場(兵庫県相生市相生5292)
    種子島事務所(鹿児島県熊毛郡南種子町茎永麻津)
事業内容:宇宙機器、防衛機器などの設計、製造、販売及び航空機部品の製造、販売


日本産機新聞 平成28年(2016年)12月15日号

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